秋の名残







クラウドの左側で運転している男は、静かだった。
車は静かに滑っている。走っているというよりも、滑っている感じがした。
時々、枯れ枝や落ち葉のぱりぱり、という乾いた音がする以外、無音だった。


クラウドは、窓を開けた。
滑り込む風は凍てついていて、暖房で温もった車内の空気を新鮮にさせる。
肉をそげ落とすような氷結した風は、頬に心地良い。
季節に逆行するように温まった車内は、気持ちが悪かった。


窓のへりに頬杖をつき、煙草に火をつけた。
煙が後方に流れていく。


ハンドルを回しながら、手探りで煙草をくわえたスコールに、火を差し出した。
風で消えないように、手のひらを寄せて、注意深く。
「すまない」
スコールの吐息がクラウドの指先をくすぐる。
その生暖かさが舌で舐められたような感触を呼び起こして、クラウドは俯いた。
身体の奥深くに眠る官能が呼び覚まされたような気がしたからだ。


スコールも運転席の窓を開け、煙を盛大に吐き出した。
燻したような灰色の世界に、煙は溶け込んでいく。
渋い紫の実や、散り遅れた紅葉の赤が、車外の世界で唯一の有機物に見えた。
無機物のなかで、唯一生命を吹き込まれた優越性が垣間見えるようだった。



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「着いた」

車を無造作に止めるとスコールは黒いコートの裾を翻し、降り立った。
クラウドは降りる前にネクタイを締め直し、ドアミラーでチェックした。
喪服は、着慣れることはない。
茶色い粗末な紙で包まれた百合の花束を持ち、歩き出す。
季節はずれの百合は、それでも濃厚な香りを漂わせている。


森深い墓場は、無機物が支配する世界である。
雪が降る前といえども、常緑種の葉も黒々として見えて、幹と一体化しているように見えた。
すでに葉を散らした木は、虚無的な枝の間に薄日を通し、灰色く濁った空を背景にして、影絵のようなシルエットを晒していた。
その元に散る赤や黄色の紅葉が、森の装飾品のようだった。


葬儀から、まだ少ししか経っていないような気がしたが、死者に手向けられた花はだいぶ茶色く萎れていた。
真新しい墓石は、墓場のなかで異質だった。
まだ白くつやつやと輝いて、他の墓石のように同化することを怖れているように見えた。


大勢がいる前で死者を悼むことを拒否したふたりは、今、死者のために祈っていた。
クラウドは、柩に納められた姿を思い出した。
包帯に血がにじみ、赤と白のコントラストが目まぐるしく駆け巡っていった。
濃い金髪の髪と、あおい瞳が羨ましかった。
自分の緑がかった青い瞳は紛い物だけれど、彼のあおい瞳は本物だった。
南の海のような鮮やかなターコイズ・ブルー。濃い金髪も熱い地域を思わせるような色で、好きだった。


「あいつを殺したのは、俺だ。」
「何故殺した?」


スコールの低い声はよく通り、クラウドの心にすとん、と落ちた。
クラウドは不思議と落ち着いていた。


スコールは墓石をじっと見ていた。
人工的な輝きの、灰色がかった青い瞳は、まさに無機物のようだった。


「殺す以外に、俺があいつのために、何か出来たか?」


戦場でもがき苦しんでいた仲間に「殺してくれ」と頼まれて、誰が拒否できるのか。
それが最後の願いだと分かりきっているのだから、それを叶えるのが仲間の責務じゃないのか。


そんなことをスコールは呟いて、ガンブレードで身体を貫いた感触は、まだ手に残っている、と言った。
本当にこれでよかったのか分からない、とも。


クラウドはスコールの手を、両手でそっと握った。
仲間を殺した痛みを、絶え間なく襲う苦悩を、スコールの右手は全部背負っているのだ。


「あんたの判断は間違っていない」


スコールの最も欲しかった言葉を、クラウドは口にした。
スコールは静かに泣いていた。
嗚咽をあげることも鼻水をすすることもなく、ただ涙が頬を伝っていた。


この男に涙は似合わない、と思い、クラウドはスコールの頬に舌を這わせた。
涙を拭い去るように。
舌は肌を滑らかに滑る。


スコールの無機的な瞳が、一瞬揺らいだ。
この男も、さっき自分が感じたように、肉の予感を感じたのだろうか、とクラウドは思った。


「あんたは、いつも毅然としていてくれ」


それはクラウドの、スコールへの唯一の願いだった。


「・・・ああ」


願いを紡いだ口唇は、男の口唇に塞がれた。


身体の奥深く潜む思い全てを共有することを望んでいるかのように、スコールの舌は深くクラウドを犯した。


ふたりは焦っていた。
時が経てば、もうこの思いは消えてしまうことを、直感していた。
哀切のせいか、苦悩のせいか、それは分からないけれど。


墓場を後にし、車を発進するのももどかしく、ふたりは求めあった。
倒したシートに身体を投げ出して、黒いネクタイをむしり取った。
スーツを滑り落とし、乱暴にシャツをはだけたせいで、ボタンは消えた。
クラウドがスコールの額の傷を舐めれば、スコールはクラウドの瞼にキスを落とした。
お互いを労わり合うセックスをした。
労わることで、スコールは赦しを求めていた。


その夜、ふたりは抱き合って眠った。





2009.02.18