狂気の予感




ヴァイオリンの音が聞こえる。

不吉な予感がする音色だった。
哀切な旋律は、死者を悼むためのものなのか。
けれども、漂う甘美に死が生み出す荘厳さは感じられない。

スコールは、音に誘われるように、ふらふらと彷徨っていた。
あの曲はやめさせなければいけない。

人工物故に、完璧なる美しさを持つ男は、ヴァイオリンを弾いていた。
月光に照らされた銀髪は肩から背中に優雅に流れ、ヴァイオリンに降りかかっていた。

それは、暗い部屋のなかで、星の流れのように輝いていた。
おぼろげな光は、スコールの心を絡めとって離さない。
儚げな銀色のなかに輝く、ふたつの硬質な緑色の瞳は、直線的な光をスコールに投げかけている。
それは、スコールの心をざわつかせ、不安にさせるものだった。
凪いだ海に細波がたち、それがあっという間に全てを破壊する津波になるようだった。
それは自分にとって毒であり滅びの標だということは分かっているのに、スコール自身は、毒されることを望んでいるようだった。

「セフィロス、やめろ」
毒されてはいけない。
危険に近づいてはいけない。
そんなことは分かっている。
スコールは誘惑を跳ね除けるように、強く言った。

「何故?」
セフィロスは、不遜に微笑んでいる。
スコールの内面を全て見透かしているようだった。

危険だと分かっているのに、みすみす罠にかかった男。
朝露に輝く蜘蛛の糸に絡めとられた蝶のようだった。
美しく、繊細な技巧品に見えた糸は、自らの命を吸い取る魔物だったのだ。

「その曲を聞いていると・・・頭が痛くなる。」
セフィロスの、精巧な作りもののように見える手は、休むことを知らないかのように旋律を紡いでいた。
蝋じみた白く長い指は弦を押さえ、弓を引き、スコールを悩ませる。
「それでは、やめたからと言ってお前の頭痛は治るのか?」
セフィロスは、スコールを見た。
それは、スコールにとって、矢で射抜かれたような衝撃だった。
狂気を孕んだふたつの瞳。
その瞳に映る自分の、なんと醜いことか。
この星から遠く離れた存在を身に宿す男は、スコールを虜にしていた。

あの不吉な予感は、この狂気に夢中になる自分自身の姿だったのだ。
生命の巡りを内包し、森羅万象を司っている、強い光を放つ緑色の瞳。
それがゆっくりと近づき、ふにゃふにゃとへたり込むスコールを抱きとめた。

銀色の髪の毛がスコールの顔や首筋をくすぐる。
体温を感じさせない口唇が、スコールの口唇を塞ぎ、首筋や鎖骨のあたりに舌を這わせると、セフィロスはゆっくりと笑った。

それは、求めていたもの。快楽の波、嵐のように襲い掛かり、決して逃れられない。

音楽がやんでいることに、スコールは気付いた。




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素材:La Boheme