かれらのかなしみ
ティーダの体温は、クラウドより高かった。
晩秋の肌が冷える風のなかで、ティナはあの瞬間、確実に守られていたと感じていた。
季節の変化から、クラウドの狂気から、自分の内に眠る憂鬱からも。
「一緒に、行こう」
抱きしめられると、鼓動が間近で聞こえた。
発育途上の筋肉に守られた繊細な心臓が、生命を刻んでいる。
クラウドと私が失ったものだ、とティナは思う。
健康な肉体、健全な精神、自分の信念は正しいのだと思える、絶大な自信と約束された未来。
かつて自分も持っていたかもしれないけれど、その時の自分は、自分には似合わないと思い込んでかなぐり捨てたものだった。
クラウドの病んでいく精神には安心も覚えていた。
ティナしか見えていない侵された瞳は、ティナの居場所を約束するものだったからだ。
彼には自分しかいないと思えることの不遜は、ティナを繭のように優しく包み込んでいた。
自分の世界が隔絶される代わりに、絶大なる安心をティナは手に入れていた。
「ごめんなさい。」
自分の声とは思えない程、強い意志を秘めていた。
ティーダの真夏を思わせる鮮やかな青い瞳が動揺しているのが分かった。
「私はクラウドのところに帰るわ。」
「ティナ!」
ティーダの自分を呼ぶ声は聞こえない。
他の世界はどうでもよいのだ。
それは荒野のようにティナを脅かし、守ってくれるものではないから。
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「ただいま。」
部屋の空気は濁っている。
窓辺に人影が見える。
他者を拒絶し、ひたすらティナにすがり続ける彼は、ゆっくりと振り向いた。
逆光と煙草の煙で霞んでいるけれど、クラウドが微笑んでいるのがティナには分かった。
「外はどうだった?」
羽根をもいだ蝶々は戻ってきた。
グロテスクな姿をした蝶の病的な美しさは、太陽のもとでは輝かない。
薄暗くて空気が循環しない、守られた世界で、その美しさは真価を発揮するのだとクラウドは思う。
「何も代わってなかったわ。」
ティナは、クラウドにまたがった。
クラウドがくわえている煙草をとると、灰皿に押し付ける。
名残の煙がとろとろと立ち上っていく。
「私にはここしかないの」
クラウドに口付けると、ニコチンの苦味が伝わって、クラウドとキスをしている実感がわく。
背中に腕が伸ばされ、押し付けられた胸は、冷たい。
体温が低いクラウドの腕の中は、ティナの頽廃した安全な世界だった。
この世界はいつまで続くのか
終わりはくるのか
破壊者が救済にやってくるのか
分からないけれど、今の自分は全てを捨てて、ここにいる決心をした。
その事実に満足して、ティナは目を閉じた。
拍手掲載期間:090302〜090331
素材:ぐらん・ふくや・かふぇ
「四季シリーズ」の続きです!