死の舞踏



























「エルお姉ちゃん・・・どこ!!!」


ママ先生のおうちを駆け抜け、部屋という部屋をのぞいたが、エルお姉ちゃんはどこにもいなかった。


ママせんせいが「危ないから、絶対にひとりで来ては駄目ですよ」と禁止した海岸で、スコールはひとり立ち竦む。
孤独という恐怖によって、臆病な心はすっかり引っ込んだ。
海よりも、ひとりが怖かった。


いつもにこにこと微笑み、自分を殊更可愛がってくれるお姉ちゃん―いつも自分を抱きしめてくれて、スコールの自尊心を存分にくすぐってくれる彼女が、スコールはとても好きだった―
は、この家にはいないのかも知れない。


どうしても信じたくなかったその思いつきは、現実での形となってスコールの幼い心を飲み込んだ。
暗い不安がじわじわと広がり、心をすっと冷たくする。


スコールはしゃがみ込んだ。
こんなに晴れてるのに、海にも入れるのに、エルお姉ちゃんがいなくちゃ意味がない!!


「エルお姉ちゃん・・・」


スコールは手持ち無沙汰に砂を弄んだ。
灼熱にあおられた砂は、スコールの小さな手を焼く。


エルお姉ちゃんがいないから、遊べないや




「寂しいのか、お前は」


スコールにとって、未知なる大人の声がした。
ママせんせいの包み込んでくれるような穏やかな声ではなく、冷たく、荘厳な響きをもっていた。
スコールの周りには、いつも優しさが溢れていて、誰でもありのままの自分を受け入れてくれたのに、その声は厳然とスコールの甘さを否定し、嘲るものだった。


「だ、だれ・・・」


黒衣に身を包んだ銀髪の男が立っていた。
スコールは恐怖に震えた。
誰でもいい、エルお姉ちゃんじゃなくてもいいから、誰でもいいから来て!


「だれ、か」


男はクスクスと笑った。


「名前は、セフィロスという」
「セフィ、ロス」
「そう、セフィロス」
「なんでここにいるの?」
「お前が、寂しいと叫んだから」


そして男は、寂しさは死だからな、と呟くと、スコールをまっすぐに見据えた。
セフィロスの瞳は、不思議な色をしていた。
ママ先生のおうちにあるどんな色鉛筆にもどんなクレヨンにも、この色はない。


今目の前に広がる海のような、でも、海はこんなに緑じゃない。
じゃあ、葉っぱの色?でも葉っぱは、こんなに青くないし、透明でもない。


「お前は、私を呼ぶには早すぎるな」


セフィロスは銀髪をなびかせて、ママせんせいのおうちとは逆方向に歩き始めた。


このひとの髪の毛、雪みたいないろしてる。


「お前が私を必要とするときがきたら、また会おう・・・約束だ」


いや、雪じゃない・・・?
こないだ見た、月の光みたいだ。


セフィロスの言葉は風に流され、ただスコールは、セフィロスの髪の色に見とれていた。















バラム・ガーデンの自室では、どんなに暗闇を望んでも、月の光がまっすぐにスコールの部屋に届くのが気に入らなかった。
バラムの街を通して見える海をひんやりと照らし、月光はスコールに夜の闇と親しむことも許さない。

机のうえには、携帯を許された手頃なサイズの拳銃が放置してある。



元のかたちも分からないほどに、機関銃にこの身体を犯される。
薬莢がからからと落ちる音とともに、俺は永遠に、無に帰す。
肉体は粉砕され、魂は、この煩わしい肉から解放されるのだ。

スコールは、自分が迎える最期について、頻繁に想像をめぐらせるが、どんなに残虐に自らを殺しても、何故か自分は蘇った。
想像力が紡ぐ自由な空間のなかで、スコールは不死身だ。


(何故だ・・・)


何故、自分は想像のなかですら死ねないんだ!

SeeDSeeDと祭り上げられ、知りもしない人間をこれ以上殺すのはもうたくさんだ。
なんで俺は、自分の居場所を見つけただけなのに、ひとを殺して生きていかなきゃいけないんだ。
いや、俺はどんな人間であろうとも俺に向かって刃を向けてきたと認識した瞬間に、ガンブレードを振り下ろしている。
本当は死にたくないのに、死にたいポーズをとっているだけなのか?
ああそうだ、そう悩むことで、均衡を保っているんだ
でも、リノアがいる。
リノアだけは、俺を受け入れてくれている。
いつでも笑って、魔力に怯えながらも、俺と一緒にいる道を選んでくれた。
リノアがいる限り、俺は死ぬつもりはない
けれども・・・
こんなに人殺しに、リノアは守られていて幸せなのだろうか


(セフィロス・・・)


幼い頃、一度だけ会った男の名を、スコールは久方ぶりに声に出して呼んだ。
あの、陽光をぴしゃりと跳ねつける冬の冷たさをもった髪の色や、青とも緑とも言いがたい、美しい瞳の色を思い出した。


「スコール・・・気がついたのですね」


ママ先生が、ほっと安心したのが分かった。
スコールは、波打ち際で倒れていたのだという。
海水をたくさん飲み込んだせいで、もしかしたら死ぬかも知れなかったのですよ、とママ先生は諭すように言った。
子どもの前ではどんな事情があろうとも、決して感情を乱さないひとだった。


「セフィロスは?」
「セフィロス?」

ママ先生が少し眉をひそめて鸚鵡返ししたので、スコールは黙った。


自分は客観的には溺れて生死の境をさまよっていたことになるが、本当に、自分は、あのセフィロスと名乗る男と喋っていたのだ。


(誰も信じてくれないから、ずっと黙っていたけどな)


スコールはため息をついた。
最近、よくセフィロスのことを思い出す。


(お前が私を必要とするときがきたら、また会おう・・・約束だ)


今が、セフィロスを必要としているときなのかも知れない。



視界の隅で、空間がくにゃりと歪んだ。
何もないところに、何かが発生している莫大なエネルギーを感じた。


やがて、じょじょにそのエネルギーは人のかたちを取り始め・・・


あの銀髪が、暗い部屋できらきらと輝いた。


「セフィ、ロス」

あれから10年以上も経っているのに、セフィロスは何も代わっていない。
あんなに大人に見えたセフィロスは、現在の自分とあまり年齢が変わらないようにも見える。


「覚えているか・・・?お前が幼い頃に私と交わした約束を」


セフィロスはスコールに近づくと、手首を取り、押し倒した。
こんなに近くにいるのに、セフィロスからは心臓の音もかすかな息遣いも聞こえない。
スコールの手首を握りしめている掌さえも冷たく、乾いていた。


「私のことが、必要なのだろう?」
「やめろ・・・」


あんなにセフィロスを渇望していたくせに、スコールは顔を背けた。
スコールは、自分の望むものが手に入ろうとするときに、決まって手を離す男だった。

幼い自分を魅了した銀髪がさらさらと降りかかって、頬や首筋や鎖骨をくすぐる。


「お前は、誰だ?」


その問いには答えずに、セフィロスはスコールの顎を引き寄せた。
あの瞳が、間近にあった。
万物の命を宿す海のような、瞳。
その瞳は、全ての命を包括しているのだ、とスコールは思った。

瞳に魅了されていると、セフィロスの口唇が近づいてきた。
スコールは、それを受け入れた。

口唇の表面はひんやりとしているくせに、なかは柔らかくて人間と同じ温度をもっていた。
そしてじんわりと、身体の芯が快楽に溺れていくのを感じた。


「ときは、満ちたな」


舌を絡ませながら、セフィロスは低く笑った。




ああ、この男は・・・




あの、日。
自分がエルオーネを探し求めたあの暑い日の波の音やじりじりとした太陽の光やそれをたっぷり吸って熱かった砂やあのとき感じた絶対的な孤独。

あの感触が、身体の内で蘇るのを、スコールは感じた。
















圧倒的な強さを誇り、”伝説のSeeD”としてその名を轟かせたスコール・レオンハートの遺体がバラム・ガーデンの自室で見つかったのは、
潮の匂いが濃厚な、夏の訪れを思わせる蒸し暑い早朝のことだった。


拳銃を口にくわえて咽喉に銃口を突き当てる、絶対的な死を望み、正しい自殺の仕方を選んだ彼の美しい顔は、血液と脳漿に塗れて崩れていた、
と同僚であったキスティス・トゥリープは証言した。


「その瞬間、何故か私は冷静だったのよね。」

と、彼女は寂しそうに笑う。


彼は、本当の自分を誰にも明かしたがらなかったけれど、実は強烈な自己顕示欲に苦しんでたと思うの。
SEEDSEED最強のSEEDって祭り上げられることで、逆にその欲を自分のなかに閉じ込めるしかなかった。
だから、彼の選んだ死に方をきちんとこの目で見ることが、何よりの供養じゃないかと思ったの。


キスティスは極細1mgシガレットに火をつけた。
その1mgの有害物質により、彼女の精神はぎりぎり均衡を保っているのである。


求心力の低下を怖れたガーデンにより、彼は『名誉の戦死』を遂げたとされた。
ガーデンの影響力を維持し、スコールのカリスマ性を永遠のものにするために。
そのガーデンの醜さは墓所というモニュメントに結晶化され、そこにスコールは閉じ込められた。


高貴なる魂は朽ち果てることも許されず、バラムの海が一望できる丘に、磔刑に処されたのである。


永遠の英雄が最期まで愛しんでいたリノア・ハーティリーは、その日を境にふっつりと姿を消した。
ガーデンに彼女の名残はそこかしこにあり、みんなリノアの名前を呼んだ。


リノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノア
リノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノア
リノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノアリノア


その名を呼べば、彼女の愛らしさは、今も鮮やかにみんなの脳裏に蘇る。
彼女がガーデンに遺した荷物のなかには、めちゃくちゃに壊されたオダイン・バングルがあったのよね、とキスティスは不気味そうに呟く。


魔力を解放して、あの子は何をするつもり?




スコールが生きていた、スコールが心身共に健やかだった頃には、決して時間は戻らないのにね。
魔力をもってしても、きっと、無理よ。


確信しているというよりは、自らに言い聞かせるように低く呟くと、キスティスは立ち上がった。









090703







ミュージカル「エリザベート」のパロディです。