身体が灼熱の塊になったような感覚を覚え、クラウドは目を覚ました。
行き場のない熱が身体のなかに蹲っているようで、ひどく不快だった。
ベッドに差し込む日差しは獰猛だった。
生きとし生けるものを全て焼き尽くそうとしているかのような、夏の光である。

「暑いね。」

隣で寝ていたティナが眠気の残る声で言った。
ティナはクラウドの胸のなかで胎児のようにしていた。
ふたりが触れ合っている部分はじっとりと汗ばんでいて、ティナのうなじや背中に砂色の髪が張り付いている。

「ああ。すごい、暑い。」

自らの身体に汗が膜をつくり、シーツが張り付いている。
不快だ。
クラウドはティナの首筋についた髪を撫でるようにして取り払った。
ティナは目を瞑る。
激しい快楽を思い出しているのか、それとも忘れ去ろうとしているのか、クラウドには分からない。

ティナの苦しみや痛みにはいくらでも想像をめぐらすことが出来たけれども、日常にふと見せる表情にはクラウドの知らないティナがいた。
彼女が幸せだと思うこと、嬉しいと思うこと、楽しいと思うこと。
全て分かっているつもりだけれど、それは真実なのか、自分だけの思い込みなのか。
その曖昧さにクラウドは焦燥に駆られる。
ティナのことは全て把握しておきたい。
偽りや曖昧さは許せない。
ティナがクラウドを思う故のちょっとした嘘でさえ、クラウドは許しがたかった。
彼女を知りすぎた結果かも知れない。

クラウドの前で、ティナにはまっさらでいて欲しかった。
どうすれば、ティナの全て、心のおうとつまで分かることが出来るのだろう。
身体を切り裂いて心が出てきて、その心を見てティナの思いが全部分かれば、と、クラウドは暑さで朦朧とする頭で考えていた。

「窓、開けるね。」

ティナは起き上がってスリップを着た。
薄い、スモーキーピンクの、身体の線をくっきりとうつす下着。

窓の前に立ったティナの動きが止まった。
何かに釘付けになっているのが分かる。

「どうした?」

クラウドはティナに寄り添って肩を抱いた。

夏の濃厚な青の空の片隅に、真っ黒な雲が見えた。
青空のなかで、それは異質だった。
別の世界が広がっているようで、人を不安にさせる雲である。

「雷でも鳴るのかしら。」
ティナはむしろ、少し嬉しそうに言う。
「なんでちょっと嬉しそうなんだ?」
「え、うん・・・どうしてだろう、私、嬉しそうだった?」

開け放たれた窓から、夏には不釣合いな、涼しい風が吹いてきて、白のカーテンを揺らす。
不穏な風だった。

クラウドはティナに口づけた。
彼女の全てを貪るように、乱暴に顎を掴み、舌を絡ませた。

ティナはクラウドの手首をそっと掴み、苦しそうに眉を寄せている。

雷鳴が微かに聞こえた。


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何度目かのセックスを、ティナは嫌がっていたが、クラウドは強行した。
繋がっている間は、あの焦燥を忘れることが出来た。
溶け合うことで、ティナのこころも真実もクラウドのものになり、自分がティナを欲しがる必要は全くなくなるからである。
けれども、クラウドはそれはひと時のまやかしだと分かっていた。

身体を重ねるときだけ忘れることが出来ても、快楽が消えればその安心感も消失した。
ひとたび身体の距離が出来てしまえば、そこにはまた、埋めきれない空間が広がった。
まっさらなティナは、クラウドからどんどん離れていく。

「なんで」

ティナが聞く。
泣いていた。
シーツにティナの髪が波打ち、ベッドの上で胎児のように丸まっている。

部屋は、午後なのにも関わらず暗かった。
空の片隅にあった暗雲は青い空を飲み込んで、世界を包み込んでいた。
嵐の予感を孕んだ風が窓から入り込み、汗を冷やす。

「分からない。」

クラウドは嘘をついた。
このもどかしい気持ちをティナに知られてしまったら、自分に負けるような気がした。
ティナはクラウドに絶対的な安心を求め、心の拠りどころにしている。
かつて、暴力的な権力の元に、生まれもった力を求められた彼女は、要求しないことをクラウドに求めているのだ。
ありのままの苦悩を、感情を包み込んでくれることを欲しているけれども、「ありのままを見せてくれ」と言ったならば、ティナはクラウドから離れていくだろう。
私はありのままを見せているのに、と。

ティナが自分から離れていくのは耐え難いことであり、それはクラウドにとって神罰にも等しかった。
けれども、過剰に「ありのまま」を求める自分に、自分が潰されてしまうようだった。

耐えられない。
ティナはすぐそこにいるのに、クラウドは孤独だった。
ティナは追いかけても追いつかず、掴んでもすり抜けていく蝶のように思えた。

美しい羽根をむしれば蝶はいつまでも傍らにいるけれど、ただ、頭部、胸、腹に触覚がついているだけの、グロテスクなものになってしまう。
春にティナが歓声をあげた、黄色に縁取られた青い蝶を、思い出した。

焦燥は増す。

クラウドはティナの腕を力ずくで掴み、彼女の身体を押し開いた。
瞳が涙で濡れて輝いていたけれども、クラウドはそれを直視できなかった。

暗い部屋に閃光が走る。
遠くで聞こえていたはずの雷鳴が、耳元で轟いていた。




2009.01.04