の耳飾りの少女



自分が寝てしまっていたことに、ティナは気付いた。
中途半端な睡眠のせいで、頭はどんよりと重い。

傍らのクラウドは、ティナが目覚めたことには気付かないようで、健やかな寝息を立てている。



前から気になっていたことがあった。
そして、それを確かめるのに、今が絶好のときだと思われた。


ティナは、クラウドの金髪を掻き分けた。
何があってもつんつんと逆立ち、まるで威厳を保とうとしているかのように見える髪は、硬い。
仲間に身長を誤魔化すためにやってんだろ、と度々からかわれてはムスッと黙り込む彼を思い出して、ティナは密かに笑った。


やっぱり・・・


ティナは、クラウドの耳に触れた。
いくつもの夥しい金属が、小さな耳を貫いている。
それは、暴力だった。

身体のなかでも一番柔らかい部分を、金属という異物が犯している。






左耳に違和感を感じ、クラウドは目を覚ました。


「あ、ごめん、起こしちゃった?」
ティナがぱっと手を離す。
「どうしたんだ?」
「前からピアスが気になってて・・・。」


自分の肌に穴を穿つ行為が、欠かせなくなった時期があったことを思い出す。
自分の内で感じる痛みより、内臓や脂肪や筋肉や皮膚を隔てたところで感じる痛みの方が軽いのだと知った頃だった。

クラウドは、痛みをどんどん吸い込んで、肥大した心に耐えるためにピアッシングした。
穴を穿つときの緊張と微かな不安を感じている時が、何よりの安息の時間だった。


「ここ、すごい。耳を横断してるみたい。」


ティナは、軟骨部の2箇所の穴を貫いているバーベルに触れた。
普段は何も感じないところをくすぐられる奇妙な感触がじんわりと耳に広がる。
ティナは、いち、に、さん、よん・・・と、数を数えながら、金属で出来た粒やリングやバーベルに、律儀に触れる。
その度に、痛みには届かない鋭い感触がした。


全部で7つ。
夥しい量に見えたピアスが、7つしかないことに、ティナは驚いた。
凄まじい嵐のように思えた金属の来襲は、その7つに集約されているのだ。


「左耳は、全部で七個空けてるのね。右耳は?」
クラウドは頭の向きを変えた。
ティナは金髪を掻き分けて、
「右耳は2個だけ!アンバランス」
何が可笑しいのか、ティナはくすくす笑う。



「ピアス、空けたいのか?」


この女の耳たぶを穿ちたい衝動にじわじわと駆られていることに、クラウドは気付いていた。
最も目に見える形で、女の身体に痕をつけることは、自分への永遠の帰属になるのだ、と彼は直感していた。


「・・・でも、痛いんでしょ?」
「痛くはない」

自分の欲望を叶えるための嘘をつき、クラウドは立ち上がった。

ティナを鏡の前に座らせて、ニードルをジッポで炙った。
ごろんと大粒の真珠がついているだけの、シンプルなピアスを取り出す。

この女もののピアスを、どこでどう手に入れたものか、クラウドは覚えていない。
ただ、その飾り気のない、必要最低限の美しさが、きっと自分の心を奪ったのだろう。


目の前に座り、痛みの不安に目を伏せている、女のように。


流血が少しあっただけで、痛みの儀式は終わった。


古びた金属が、柔らかい耳たぶをしっかりと貫いている。
クラウドは、標本の蝶を思い出した。
ピンで留められる代わりに永遠の鮮やかさを約束された蝶のように、ティナがもつ清らかさは真珠に込められ、不朽のものになったのだ。
そして、それを叶えたのは他でもない自分であると、ささやかな自己満足にひたった。


「こっちを向いてくれ、ティナ」


耳たぶに下がる真珠の粒が揺れた。
痛みをもった耳たぶは熱を持ち、微かに赤くなっている。
瞳は少し潤んでいるが、真っ直ぐにクラウドを見据えている。
彼女がクラウドの吐いた嘘を怨んでいるのか、それとも後悔しているのか、或るいは喜んでいるのか、クラウドには皆目検討がつかなかった。


それとも、その全てをクラウドに投げかけているのか。



クラウドはティナの金髪を掻き分けて、自分が犯した耳朶に口唇を寄せた。






090625