光を透かす薄青レンズ







 鏡の前で、スコールは今日何度目かの舌打ちをした。とは言っても、その数回の舌打ちの全ては、ここ十数分以内に生まれたものである。
 苛々するが、人差し指の腹に薄青く小さい透明なものが乗っかっているため、力任せに拳を握ることもできない。


 先日の検査で引っ掛かったのだ。
 項目は、視力。


 日常生活では何の支障もない程度だったが、職業柄、ものを見る力には神経を使う。
 レーシックも考えないではなかったが、あれには如何せん時間がかかる。もちろん眼鏡は論外だった(職業柄

 そこで、スコールは最も無難な選択肢であるコンタクトレンズを選んだのだが。


 くにゃ、とレンズがまがる。また舌打ちをする。もう家を出るべき時間まで10分もない。
 左手の中指で上瞼を、右手の中指で下瞼を押さえ、眼球に右手の人差し指をよせる。目を閉じないように指先に力を込めるのに、視界を支配しようとする異物に瞼も必死で抵抗する。
 どうしても入らない。

 くっくっと後ろで男が笑う声がした。
 苛立ちを隠さない表情で振り返れば、そこには、白いソファに深々と腰掛ける、嫌味な程顔の整った男。突き刺すような金髪の間から、にやにやと緑がかった青い瞳が覗く。

「俺が入れてやろうか?」

 男は愉快気に笑ってそう言う。
 男の、人を小馬鹿にしたような態度は更にスコールを苛つかせた。

「お断りだ。目薬を差すのとは訳が違う。人にやってもらえるようなもんじゃない」

 そう言ってスコールは、涙のように目から流れた装着液を手の甲で拭い、再びレンズ装着にチャレンジする。今度こそ。


「……っう」


 まるでシーツの海で果てるときのような声をあげるスコール。
 数度瞬きをして、感触を確かめる。入った。
 コツを掴んだのか、そうなると左目もすんなり入った。あれだけ苦戦してたのが嘘のように。
 はあ、と一つため息をついた。急がなくては。時間が無い。
 振り返ると、世界がやけにはっきりと見えた。明るさのトーンまでもが数段階上がったようだ。
 けれども、ソファに座った男だけは先ほどと特に変わらなかった。
 何せ、この男は初めからスコールにくっきり詳細に見えていたのだ。髪の毛の一筋まで。コンタクトレンズの入る前と後で、見え方が変わるはずもなかった。

「目、赤くなってるぞ。そんなに入れるのが怖かったのか?」

 男は相変わらず不敵に笑っている。
 スコールは急に馬鹿らしくなってきた。
 コンタクトレンズが入っていたプラスチックのケースを乱暴にゴミ箱に放り、荷物をもって家を出た。




 当然だ。
 ソファに座る金髪の男など、本当は初めからいない。
















「泡沫の言葉」のyuwiさまよりいただきました・・・!!
BL苦手なyuwiさまが私のために!書いて!!下さって!!!これ以上の幸福はありません。
ありがとうございました!



090706