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隠微なる戯曲
戦いに疲れて目を瞑ると、網膜に銀色の影が蘇るようになって久しい。
暗い視界で目をこらすとそれは、闇の力を求められてこの世界に降り立った、セフィロスという男だった。
彼は強く、美しい。
英雄の称号を欲しいままにし、自分の欲望のためにその栄誉をいとも簡単に捨てた男だ。
彼がこの世界の真理を確かめるために自殺したという話を聞いた時、スコールの心は震えた。
何故、何ものにも縛られることなく振る舞えるのか。
死さえ躊躇うことなく自ら手に入れることができるのか。
セフィロスを心のなかでそっと奉り上げ、ときには自らと重ね合わせる愉しみを、スコールは覚えていた。
この召還された世界でも誰かを傷つけることを求められるのは、もうたくさんだった。
◆
クラウドがふと闘いの気配を感じて振り向くと、スコールが空中で舞っていた。
彼の斬撃から繰り出される炎は花火のように美しい。
ぱっと爆ぜ、敵に降り注いでは空に散っていく。
その隙を縫ってスコールは相手に近づき一撃する。
ガンブレードの一太刀で、敵は醜い断末魔の叫びをあげると尽き果てた。
クラウドはスコールの戦い方を見るといつも、見世物小屋を思い出す。
暗い欲望に負けて入ったそこには、残酷な楽しみがあった。
スコールのストラテジーにはそれに近いものがあった。
つまり、スコールの流血の闘いにはずっと見ていたい衝動に駆られる魅力があった。
「なんだ」
スコールは珍しく怒ったような大声をあげると、クラウドに近づいてきた。
彼をよくよく見ると口の端が切れている。
スコールが足元に唾棄すると、地面に血の染みが出来た。
「人の戦いを傍観してるなんて・・・悪趣味だな」
悪趣味、か。
クラウドは目を伏せた。
スコールのいつもぴかぴかに磨かれている黒い靴は埃っぽくなっていた。
「悪かったな」
クラウドは心の底を見透かされた気がして、思わず声を荒げた。
耳が熱くなる。
残酷で隠微なものを美しいと思う、その不健全さを指摘されたような気分になった。
「別に」
スコールはクラウドに冷たい一瞥をくれると、ガンブレードを背負って歩き出した。
「傷、大丈夫なのか」
小さく言った一言はスコールの足音にかき消され、聞こえていないようだった。
クラウドは慌ててスコールを追った。
◆
ガンブレードを背から下ろすと、スコールは"秩序の聖域"の泉で口をすすいだ。
鉄の味がして吐き出すと、血痰が流れていった。
地面を浸す水にぼんやりと映る顔は憔悴しきっていて、唇の左端は赤く腫れている。
「ずいぶん手ひどくやられたようだな」
気配は、なかった。
美しい銀色の髪がスコールの肩を流れ、冷たい指先が首を捉えている。
セフィロスの指はゆっくりとスコールの輪郭を確かめ、首筋を撫でた。
「大した怪我は・・・していない」
「しかし、疲れきっているように見えるが」
スコールが振り向くと、眼前にセフィロスの瞳があった。
みどりがかった海のような色の青は輝いていて、黒い瞳孔が猫のように開いている。
「戦うことに疲れたのだろう?」
ククク、とセフィロスは咽喉で笑うと、スコールの手首を掴んで押し倒した。
身体の背面が濡れる不快さに眉をひそめる。
水はひたひたと髪を濡らし、革のジャケット越しに冷たい感触を伝える。
「この世界では戦いばかりだからな・・・輪廻してもまた、戦いが待っている。」
「死が逃げ道でないことくらい、分かっているつもりだ」
スコールはセフィロスを蹴り上げると、ガンブレードを握った。
セフィロスは軽やかに空中で回転すると、音もなく着地した。
正宗を構え、蛇のように目を細くして薄笑いを浮かべている。
「けれどもお前は、死にたがっている」
スコールは目を見開いた。
自分の一番深いところを蹂躙され、めまいがした。
セフィロスはしゃがみこんだスコールを殴り倒して、正宗をまっすぐに彼の胸に突き通す。
じわじわと白いシャツに赤い染みが広がり、獅子の飾りが血に汚れている。
スコールは鋭利な痛みに声を上げるが、掠れた息を吸う音がするだけだった。
血が気管を逆流し、口から勢いよく鮮血が迸る。
「輪廻して苦しむがいい」
セフィロスはスコールに馬乗りになると、彼の頬を包み込んだ。
重苦しい感覚に支配され、朦朧とする意識のなかでも、死へと誘う片翼の天使は美しかった。
スコールは彼に触れようと手を伸ばすが、セフィロスはその手を踏みつけた。
"秩序の聖域"の清廉な水は、赤色に濁りはじめている。
「この私のように」
ふっとセフィロスは微笑むと、なぁクラウド?と首を回した。
◆
緊張と不安と期待で汗ばんだ手に硬貨を握り締め、見世物小屋に入る。
母親に内緒で入ったその小屋は、人いきれに満ちてかび臭かった。
セロファンで色づけされた安っぽい照明で照らされたのは、嘲笑されるためにつくりだされたもの。
人々はせせら笑い、下を見て安堵の溜め息をつく。
その中で小さいクラウドは激しく昂る鼓動を抑えようと胸に手を当てていた。
「スコールが死んだら終わってしまうぞ、お前の好きな戯曲が」
セフィロスは立ち上がると、クラウドを見据えた。
もっとももう終わりそうだけどな、とセフィロスは一瞥を横たわるスコールに投げかける。
セフィロスへの憎悪ではなく、スコールへの哀切でもなく、只ふたりが織り成す戯曲を見ていたいという渇望に突き動かされるまま、
クラウドはバスターソードを握り締め、セフィロスに突進していった。
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