Interview with・・・




11月24日、早朝。
アーヴァインは、27歳になった。
(27か・・・)
マグカップにコーヒーをなみなみと注ぎ、Tシャツ姿で座り込む。

あれから10年が経った。
思い出が鮮明になることも、まるで昨日のように蘇ることも、アーヴァインにはなかった。
鮮烈な記憶は時ともに薄れて行き、今では希薄な毎日を暮らすことで精一杯だった。
鏡に映る自分の顔は薄汚れていて、とても正視できるものではなかった。
自分の理想とかけ離れているどころか、10年前の自分が毛嫌いしていた人種の顔つきをしているからだ。

10年。

狙撃の腕は落ちた。
金への興味はつきることがない。

(みんな、何してるんだろうな・・・)

最後に仲間たちと会ったのは5年前。
自分が一番輝いていたときかも知れない、と思う。

スコールとリノアがガーデンを出て、バラムのマンションを買った。
同棲記念に、アーヴァインは洒落たガラスのテーブルを贈った。
お店を巡り、シンプルで長く使えて、それでいて洒落たところがあるようなテーブルを選んだ。

(あのテーブル、どうなってるんだろうな・・・)

リノアは、テーブルに飽きるより先にパートナーに飽き、デリング・シティに帰ってきたと噂で聞いた。

(この際、みんなに会いに行ってみるかな)

アーヴァインは立ち上がった。
みんなに会いたいというのは自分への口実で、過去の自分を取り戻したいというのが一番の理由であることには気付いていた。


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Interview with Rinoa


塔のように聳えるタワー・マンションの最上階に、リノアとその夫は住んでいた。

出迎えたハウス・キーパーの女性に応接間に通されると、そこにはデリング・シティの夜景の一番美しい部分が切り取られていた。

部屋がモダンな印象なのは、クラシックを気取っているこの街へのアンチテーゼなのか。
黒と白で纏められ、ステンレスの硬質さが覆うこの部屋に生活感はない。
無造作に置かれたマニキュアが異質だった。
毒々しいピンクはリノアの趣味なのか。

巨大という印象を抱かせるガラスの花瓶には、盛りを迎えたカラーが、贅沢に生けられていた。
花の柔らかさはカラーになく、人工的な白が却ってこの部屋には合っていた。
ガラスを透かして見える緑は、唯一の有機物に思えた。

デリング・シティの夜景を楽しもうと、アーヴァインは首を回した。
凱旋門を中心にして、放射状に広がる首都。
ライトアップされた凱旋門は、周囲が暗いために、海に漂う水母のようだった。
周囲の暗さを取り巻くように―アーヴァインは、凱旋門の周りは公園であったことを思い出した―、高層ビルの森が広がっていた。
ビルの上に取り付けられた赤い光が、不吉の前兆を思わせる。
連なる光は星を霞ませているが、月だけは煌々と青白い光をビルに投げかけていた。

「アーヴァイン、久しぶり」

15分ほどのちに、リノアが応接間に入ってきた。
黒のミニドレスを着て、何連にもパールを巻いている。
軽く抱き合い、リノアの身長がほとんど自分と同じことに動揺したアーヴァインは、思わずリノアの足元を見た。
10センチほどのピンヒールを履いていた。
ピンクのエナメルがつやつやと輝いている。
転がっていたマニキュアを思い出させた。

「元気だった?今日は、突然訪ねてごめん。」

リノアはアーヴァインを真っ直ぐに見据えた。

リノアの美貌は、人を圧倒するものになっていた。
幼さが抜けて、洗練されたようだった。
若々しさやあどけなさを失う代償として、この美しさがあるのだろう。
けれども、かつての活き活きとした、何事にも輝くような黒い瞳はそこになかった。
腕も脚も縛られて、怯えて生きているような印象がした。
はじまる前から諦めているような。
諦められるのは、美しさや豊かさや名誉をすでに手中にしているからなのか。

「私が魔女だってことを思い出させるような人には極力会わないようにしてるの」
と、ソファに座りながらリノアは言った。
細い手首に揺れるオダイン・バングルが悲しい。

「紅茶と・・・アーヴァインはコーヒーでいいかしら?うん、そう。お願い。」
リノアはハウスキーパーの女性をキッチンに下がらせると、
「アーヴァイン、本当に久しぶり」
と、改めて言った。

「え、なんで僕には会ったのかって?魔女だということを思い出させるのに?そうね・・・単純に、ひまだったから。」
リノアは、自分の爪を装飾するのに没頭していた。
ピンク色のグラデーションを作り、ラメを施す。10本分。
「ごめんね、今日はこれからパーティーがあるの。
 本当は全然ひまじゃないのに、時間が少しでもあるのがイヤだからアーヴァインと会っちゃった。」

そのリノアの素直さは10年前と変わらないもので、アーヴァインを暖かい気持ちにさせた。
変わらないことへの喜び、自分は取り残されていないのだ、という安心感。

「私が、何故スコールと別れてガルバディア軍の高官と結婚したか、って?」
リノアは、いささか楽しそうに微笑んだ。
露悪的な表情だった。
自分を悪者にし、自分の過去を貶すことでアーヴァインを否定することを楽しんでいるようだった。

「父の紹介よ・・・それに、私、夫のことはとても好きなの。
 とっても良い人。士官学校を卒業しているから、出世頭だしね。結婚して、良かったと思ってる。」

「スコールと別れたのは・・・決まってるじゃない、彼といると自分が魔女だってことをイヤでも思い出しちゃうでしょ。
 だから別れてバラムを離れて、ガルバディアで暮らすことにしたの」

「へぇ・・・」

リノアの夫は、軍内で革新派として知られる男だった。

リノアは、自分の爪を証明に照らして、じっくりと検分していた。
爪に塗ったラメが光を反射して、虹色に見えた。

やん、ここはみ出してる。気に入らないわ。
ぶつぶつと呟きながら、除光液を綿棒に浸し、爪と肌の境目を懸命に拭っている。

それは、単なるポーズだということはよく分かった。
リノアは昔からウソをつくのが下手だった。

リノアは、過去へ戻る魔法を欲していた。
魔女の騎士を捨てた魔女の過去を知っている男なら、その魔法を知っているかも知れないと思ったけれど、どうやら違うらしい。

現れた男は、自分以上に現在に疲れ、過去を欲していたからである。

自分が魔女であると強く意識させられるバラムを離れ、騎士と別れれば、魔女であることを忘れられると思ったのは、見込み違いだった。
父親お気に入りの将校と結婚し、高級マンションに住んだリノアを襲ったのは、莫大な時間と孤独だった。
夫は家にいない。
自分は、広くて豪華なマンションの一室に閉じ込められて、ひとりぼっち。

だからリノアは自分から飛び出し、パーティーに明け暮れることにした。
空虚な理由で自分に近づく人でも、魔女であることを忘れさせてくれるのであれば、ずっと一緒にいた。
スコールのときと全く同じことを繰り返している自分には、絶望しきっている。

「あ、ごめん。アーヴァイン・・・もう時間だわ。また今度、会いましょ。」

今日のパーティーはすごく楽しみにしていたの、というリノアの言葉とは裏腹に疲れきった瞳や、表情筋が凝り固まった顔に不気味さを感じ、
アーヴァインはマンションを出て、バラム行きの電車に乗り込んだ。

寝台車は、早朝にバラムに着く予定である。


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Interview with Squall & Quistis


記憶のなかで探り当てた住所にあるマンションに、スコールは未だ住んでいた。
バラムは田舎なせいか何も変わっていなかった。
田舎には不釣合いな、ゲーテッド・マンションは5年前の流行を確実に表していた。
白髪が増えて、皺が多く刻まれたマンションの管理人の顔でさえ愛おしく見えた。

変わっていたのは、同棲相手の女だけだった。

「アーヴァイン、どうしたの!?久しぶりじゃない、事前に言ってくれれば色々用意したのに・・・」
と世話を焼くキスティスの姿は、幼少の頃から変わっていない。
けれども、エプロンをしてキッチンに立つキスティスは、アーヴァインが望んでいたものではなかった。
長身で美しいキスティスには、SeeDの制服を着て、戦場で的確な指示を出す凛々しい姿こそが似合う。

「スコールは?」
「今任務中なのよ。今日帰ってくるって言っていたけれど」

キスティスが運んできたコーヒーやお菓子を置くテーブルは、まさしくアーヴァインが贈ったものだった。
そのテーブルは、新しい女の前では滑稽に見えた。
自分の過去をテーブルごと笑いたくなる。

「キスティ、仕事は?」
「やめちゃったわ。」

と、頬を赤らめて言うキスティスを思い切り殴りたい衝動に駆られ、アーヴァインは拳を押さえ込む。
落ち着くために煙草を取り出し、吸い込んだ。

キスティ、君はあんなに優秀で、みんなに期待されて、SeeDになったのに、こんな田舎でエプロン締めてていいのかい?
やや内股気味に立ち、あれこれとアーヴァインに勧めるキスティスの姿には吐き気すら覚えた。

近づくことすら畏れ多いような鋭利な雰囲気をもち、冷たい美貌と明晰な頭脳の持ち主だった女は、今では家事に邁進し、ひたすら愛する人の帰りを待っているのだ。
少し太ったようにも見える。

「キスティス、誰か来ているのか?」

と言いながらリビングに入ってきた男は、心をぴたりと閉ざして、孤高に生きている姿そのものだった。
戦場から帰って来たせいか、髪は埃っぽくて、顔も脂ぎっていた。
繊細な少年だった頃の面影はあるものの、無骨な印象である。
けれども、その身体は鞭のように細くしなやかだった。
眼差しは鋭く、全てを疑い、決して信じようとはしない。
額の傷は、薄くなっていた。

「スコール」
「アーヴァイン、久しぶりだな。」

と、なんの感情も響かない声でそっけなく言った。
スコールは踵を返すと、さっさと奥に引っ込んだ。
その全身からは、愛する女と暮らしているはずなのに、悲壮感と、全てを拒絶する強い意思が感じられた。
けれども、心の傷を忘れることなくずっと引きずっているようにもみえて、痛々しい。
あるいは、わざと忘れないようにしているのか。
思い出し続けることで、自分の傷をえぐっているのか。

「スコール?アーヴァインがいるのになんで・・・」
「今日もこれから任務だ。」

「じゃあ僕はこれで行くよ。ガーデンも覗いて行きたいし・・・スコールにも会えたしね。」

仕事に没頭して全てを忘れようとしている男と、その男を支え、男の全てになろうと頑張っている女の痛々しさに耐えられず、アーヴァインは立ち上がった。
バラムの海の匂いがして、少々ベタつく風に久しぶりに親しみたいという思いもあった。


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バラムガーデンは変わっていなかった。
老朽化は確かに進んでいて、色々旧式なところはあったが、逆にそれが愛おしかった。

バラムガーデン内でゼルを見かけたけれど、話しかけることはしなかった。
かつてのゼルからは想像もできない彼が、そこにいたからだ。
うなだれて歩き、肉体は生きているけれど、精神は死に掛けているような、そんな印象を受けた。

その姿は、アーヴァインにいまの自分を想起させた。
過去を欲するあまり、その想いに溺れて、現実を拒絶することで必死な姿。


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明日は、セルフィに会いにトラビアに飛ぶ。
彼女だけは、絶対に変わってない。昔のままだ。
と根拠もないのに強く確信しているのは、自分の希望が現実であったら、と期待しているだけに過ぎない。
過剰な期待は自分を傷つけるだけなのに、昔好きだった女の子には変わっていてほしくないと思うのは、当たり前だろう。
スナイパーとしての腕は堕ち、今は金儲けのことしか考えていない僕がそう思うのは、あまりにもおこがましいことだけれども。


セルフィだけは変わっていませんように。

神にも祈る気持ちで、目を閉じた。




2009.02.15




「忘却の朝」とリンクさせてみました。
リノアは完璧マリー・アントワネットですねwww