Kiss me , Kill me
「お前も人形だな」
目の前の男は長い銀髪をなびかせながら、笑った。
「何だと?」
対峙するスコールは、ガンブレードを構えながら眉間に皺を寄せる。
人形……。確かに、悪くない喩えではある。
スコールのいた世界が彼に求めたことは、言われたとおり忠実に、正確に、手足を動かして人を殺すことだ。そしてガラスケースや写真の中で美しく立っていること。
「あんた、そっちの世界じゃ英雄だったらしいな。ならあんたも同じじゃないのか?」
低い声で押し殺すように、冷静さを装いながらスコールは話す。
本当はわかっている。同じではないから彼は敵として向こう側に立っているのだ。
彼は彼自身の手で偶像を破壊し、そこから肉体も精神も解放してみせた。
何かがスコールの中でざわめき始めている。けれどもその正体を知ることは負けを認めることと等しかった。
早さでは引けをとらない。技術は、これほどタイプの異なる武器同士ではさほど大きな問題にはならなかった。肉体そのものがもつ力は敵わないが、ガンブレードの重量があればカバーできた。
心技体のうち、最も致命的な開きがあったのは心、すなわち経験に基づく処理能力と気持ちの余裕だった。
セフィロスは戦い始めてから数分にしてスコールの間合い、癖、リズムを見抜きそこにつけ込んだ。
相手に悟られないよう徐々に、確実に、絡め取るようにスコールの調子を狂わせてペースを崩していく。
戦いの間中、セフィロスの口元には常に不遜の笑みが浮かんでいた。
倒れながら見上げた空は曇っていた。けれども元の世界ではこれほど広い空を拝める機会はそう多くない。
ある物を除き、スコールの目には空しか映っていなかった。
それは、細く、長く、空に伸び、空と同じ鈍い灰色をしていた。
今、スコールの右肩には正宗が深々と突き刺さり、その身を地べたに横たえる屈辱を否応なしに受けている。
けれどもそれは不快ではなかった。寧ろ、戦いで疲労し火照った体には地面の冷たさは心地よかった。
「この程度か」
セフィロスの顔は逆光でよく見えない。辛うじて、完璧な造形をした唇が薄い冷笑を浮かべているのが見えた。
出血のせいか目が霞む。
「若いな、お前も」
再び告げられた「お前も」の言葉にスコールは虫酸が走る。数秒前にガンブレードを手放してしまった右手の拳をギリ、と強く握った。
「今日はこれまでだ」
そういって男は正宗を抜き、背を向けた。
霞む視界の中で、男の銀髪と、ロングコートの漆黒の対比が美しかった。
胸のざわめきは否応なしに喉元までせり上がり、脳に到達し、スコールはとうとう自覚せざるを得なかった。
泣き喚きたくなるほど、頭を支配する感情は男に対する羨望だった。
スコールの目に、かつて自分も宿した憧憬の色を認めたとき、クラウドは威嚇する猫のように全身の毛が逆立つ思いがした。
言いようのない嫌なものがクラウドの胸を圧迫した。
それでも自分に言い聞かせるように、まず思ったことは、忠告しなくては、ということだった。
――――『あれ』はあんたの手に負える代物じゃない
危ない。スコールなら容易くあの男の持つ、闇色の魅力に飲み込まれ、魅入られ、取り憑かれてしまうであろうことが、直感的にクラウドにはわかっていた。
引き離さなくては。二人をあれ以上近づかせてはいけない。いけない。
腕を組み、壁にもたれながら、クラウドは廊下でスコールを待ち伏せた。
やがて奥の暗がりから現れたスコールは、自室のドアの近くに立つクラウドの姿を認めたが、ろくに顔も向けずにドアの鍵を回しながら無愛想に「何だ」とだけ言った。
クラウドはスコールを射抜くように見つめ、口を開く。
「これ以上セフィロスに関わるのはよせ。あんたの力量じゃあいつは手に余る」
スコールはさして興味も無いというように、ドアを開けながらクラウドの顔を見ずに言い放った。
「嫉妬か?」
言いながら、それは俺の方だ、とスコールは思っていた。
そう思うや否や、背中にドン、と鈍い衝撃を受けた。背後から、ドアが閉まって鍵のかかる音がする。
背中を強く押されたのだ、と気づくのに1秒以上かかった。もしここが戦場なら十分命取りになる時間だ。
幸いよろめきはしたが、倒れるほどではなかった。
何をするんだと言いかけたが、振り返った先に立つクラウドがあまりにも静かな無表情で、スコールはその言葉を呑み込んだ。
一歩、クラウドが前に出た。スコールは不覚にも戦慄してしまった。覚束ない足で、スコールは一歩下がる。
クラウドはまた一歩前に出る。窓から差し込む月明かりが一層クラウドの顔を人間らしさから遠ざけた。スコールはやはり一歩下がる。
何度かそれを繰り返すと、スコールの踵はとうとうベッドにぶつかった。クラウドはようやくそこで立ち止まる。
数秒の沈黙のあと、クラウドはスコールのベルトをむしりとるように外した。クラウドはそれを侮蔑するような目つきでしげしげと眺める。
「バックルに獅子ねぇ…。本当にガキだな、あんた」
スコールを小馬鹿にするように、人工の光を宿すクラウドの瞳が金髪の下で細められた。あたかもそれがスコールの尊厳そのものであるように、クラウドはベルトを力無く床に放る。スコールを貶めることでクラウドはプライドを保とうとしていた。
クラウドは石膏のように白い手でスコールの首を掴むと、一気にベッドへねじ伏せた。
そのまま無遠慮にスコールの上に跨って、苦悶に歪むスコールの顔を見下ろす。スコールの鎖骨で揺れていたシルバーペンダントも力任せに外して投げた。じゃら、と音がした。
「牙を抜かれた獅子なんざ猫と同じだな」
自分を見下ろすその緑がかった青い目が、スコールには堪らなく羨ましかった。クラウドとセフィロスを結びつける共通項は、血の繋がりのように確かなことに思えた。細胞を共有していることは、お互いの体の一部が常に繋がっていることと等しい。
スコールはクラウドの瞳を通して、銀髪の男を見ようとした。クラウドはそれを妨げるように、スッと目を細める。
「俺、あんたのこと好きだよ」
不意に降りかかってきた予想もしない言葉に、スコールは目を見開いた。
「嫉妬か。そうかもしれないな。あんたをあいつに渡したくないんだって言ったらどうする?」
スコールの思考は停止した。今度は2秒ほどかかった。そのロスは戦場では完全に命取りだが、今奪われたのは命ではなく唇だった。
荒々しくクラウドの舌がスコールの口内を蹂躙した。
「う……」
抵抗したかったが、クラウドの口づけは、何故かセフィロスの正宗に貫かれる甘美をスコールの頭と体に蘇らせた。体の中の血潮が熱く中心に流れていくのを止められなかった。
クラウドは唇を離すと、表情を消した。
「冗談だ」
そう言って、スコールの首筋ににじむ、ほのかに官能の匂いを帯びた汗を舐めた。
冷たい月明かりが冴え冴えとクラウドの白い肌を照らしていた。
セフィロスを憎み、その背を追うことを許されるのは自分だけでなければならない。
セフィロスはクラウドの聖域だった。聖域は死守しなければならない。何人たりとも立ち入れる訳にはいかないのだ。
そして、何より、セフィロスの興味が自分以外に移ることを恐れた。
星の体内を、彼らの瞳と同じ色をした光が幾筋も流れていく。
そこは隔離された、二人だけの理想の王国にクラウドは思えた。
「いつから幼児趣味になったんだ?あんなガキの何が良い?」
バスターソードを構えながら、不機嫌そうにクラウドは対峙する銀髪の男に言った。
言われた男は正宗を握りながら、フッと口角をあげる。
「初めてお前に会ったときもあのくらいだったろう?」
「……さあ。昔過ぎて忘れたな」
いつか、何かの本で読んだことがあった。
愛されたいとは、即ち干渉されたいということと同義であり、他人の干渉によって死にたいと思うことは本能であると。
その意味が、今のクラウドにはとてもよくわかった。
命を奪い合うこと以上に他人と深く関わる方法なんてあるだろうか?
完璧なる存在を殺すことも、完璧なる存在に殺されることも、輪廻を繰り返す中で次第に何物にも代え難い悦楽へと変わっていった。
神にも等しい男と殺し合う。それを許されることは、自分が特別であると認められているようにクラウドを錯覚させた。
セフィロスから華麗なる致命傷を受けたいと思う気持ちは、恋人に口づけをせがむ渇望によく似ていた。
『泡沫の言葉』のyuwiさまよりいただきました。
ありがとうございました(∩*^ω^*∩)
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