このに願えるならば



星の命と同じ色をした瞳は、常に絶望に怯えている。
自分という不安定な存在を受け止めきれず、しかし、いつ崩れ落ちてもおかしくないそれを、必死で支えている。
孤独に震え、答えを求め続けているが、他者は拒絶し、自分のなかに入り込んでくることを決して許さない。
そして、普通ではない自分を、嫌悪していた。

分かち合える、この痛みを。
ティナは、その瞳を見てそう直感していた。

無関心と無愛想で武装しているが、それを一度とけば、彼は自分の過去を晒し、その痛み、苦悩を共に出来るひとを渇望しているのだ。
遠くから見ると、単に青色に見えた瞳は、近くで見るとまた違う色に見えた。

透明感のある青にみどりがかって、更にそのみどりにグレーが差している、という塩梅。

くるくる回すと、新たな世界が広がり、それまでとは全く違う模様、かたちに見える万華鏡を、ティナは思い出していた。

「クラウド・ストライフだ。」
律儀に差し出された手を握ると、貴族的で、華奢なのにティナは驚いた。
とても、彼が背中で担いでいる大きな剣を操っているとは思えない。
白く、滑らかで、長い指や整った爪が官能を呼び起こす。

「ティナ・ブランフォードです。」

初めて出会った時の直感を、クラウドも感じていたかどうかは、今となっては分からない。


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浴室の小さな窓からひんやりとした空気が入り込んでいる。
むきだしの首や肩が凍てつくようで、ティナは浴槽から身を起こし、窓を覗き込んだ。
雪が降っている。
ひとひら、ひとひら、ゆっくりと地上に落ちては溶けていく。
普段は濡れたような光沢をもつ夜の漆黒の空が、ほんのりと明るく見える。
ゆき、と小さく呟くが、声は瞬く間に冷えた空気に飲み込まれて、あとかたもなく消えてしまった。

ティナは、少し不安になる。
クラウドは、今夜この家に着くと言っていた。

けれども、この不安という感情は何なのだろう。
胸のあたりがもやもやして、少し苦しくなるような、すっぽりと何かが抜け落ちていくような感覚。

温かな浴槽に身をゆだね、湯気にかすむ自分の身体をじっくり観察する。
肌を撫でると手はなめらかに滑り、その白さは際立っている。
脚は形よくのびて、余計な脂肪は全くついていないが、本来つくべきところにも、その柔らかさは感じられなかった。
臍の下、なだらかな下腹部を撫でて思う。

まだ、来ない・・・。

女性が女性であるための、月の満ち欠けによる流血の儀式。
子どもを宿し、育むために絶対不可欠のそれが、ティナには欠如していた。
人間社会に溶け込めば溶け込むほど、自分は異分子であることを痛感せざるを得なかった。

そして、異分子だと思えば思うほどに、自分の感情や思考はにせもので、他の誰かが命令を出しているのではないか、と疑心暗鬼になっていく。
洗脳されていた過去に立ち返り、ティナは苦悩していた。
その苦しみが極みに達すると、髪をかきむしり、自分の首を絞めたくなるような衝動に駆られるのだ。
その狂気の歯止めがクラウドであり、クラウドにとって、それはティナであった。


その夜遅く、玄関のチャイムが、遠慮がちに鳴った。


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「クラウド・・・雪が積もってる」
ティナはくすくす笑い、少し背伸びをして、クラウドの金色の睫毛についた雪を指ですくった。
雪はすぐに体温に馴染んで溶けていく。
クラウドは、俯き、視線を床に這わせ、少しいらだたしげに足踏みをしながら、すまない、遅くなって、とぶっきらぼうに呟いて、
「会いたかった」
と、ティナを抱きしめた。

ティナはクラウドに抱かれて夢を見る。
自分たちと同じ金髪をもち、万華鏡のようにくるくる色が変わる瞳をもった小さい子。
その子はティナに甘え、クラウドの手に引かれて屈託なく笑っている。
まさにその子は、自分たちが正常な人間であることの象徴であった。
愛し合うふたりの間に育まれた一つの命は、気高く美しいものなのだ。

それに気付いて、ティナは目を覚ました。

クラウドは白い肩をむき出しにして、ティナの頭を腕で支え眠っている。
その白い肌に、雪の明りが反射していた。


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「子どもが欲しいと思うことは、自然なことなのかしら」
ティナの視線はクラウドになかった。
ソファの肘かけに頬杖をつき、まっすぐに窓の外を見ている。
雪が激しくなっていた。
地面、空、木々、全ての輪郭をなくし、白に溶け込ませている。
ティナの問いかけを否定するように、どさり、と雪が落ちる音がする。

「・・・自然、だろう。」

クラウドは動揺していた。

声に出して確認したことは一度たりともなかったけれど、新しい生命を宿し、育むことは不可能だというふたりの意識は、心の底に
まるで罪の意識のように、恐ろしい手触りを残していた。
その手触りはざらざらと、ふたりを侵蝕している。

だって、わたしたちは普通の人間として扱われずに、成長してしまったのだから。
洗脳され、汚染されるのは当然のこととして、その精神、能力、肉体、全てを他人の手のもとに暴かれて、
傷つけられ、捨てられた過去がある。
普通の人間じゃないんだもの。

ティナはソファの上でひざをだきしめ、不安定に揺れている。
「・・・わたし、普通のひとになりたい。」
ティナは言った。
その身に流れる幻獣の血を呪うかのように、自らを抱きしめている指先には、ぎりぎりと力がこもり、真っ白になっている。
その爪が、ティナの白い肌を裂きそうで、クラウドは
「やめろ」
と、ティナを静かに制し、彼女の手を握った
「クラウドは普通の人になりたくないの?普通の人の感情や体験を、そのままに分かりたくないの?
 わたしたちは、いつだって、今の感情は、他の誰かに命令されて感じているだけかも知れないって思ってるのよ。」
「・・・」
クラウドは、返事の代わりにティナを抱きしめ、頭を撫でる。
その金髪は雪明りを受けて美しく輝き、手触りは柔らかい。
そこに、普通の人間としてのティナの存在がある。
まったく外見だけは、ふたりとも普通の人間なのだ。
「俺だって、どうしていいか分からない。」

ティナは、声を出して泣いた。
涙がクラウドの手に滴り、小さく溜まっては流され、また滴っては流されていく。
その涙を、クラウドは温かいと思った。
ティナの嗚咽を、自分の苦しみとして共有した。
「声を出して泣くのも、涙が温かいのも、普通の人間の証拠だ。」
クラウドはティナを抱きしめ、背中をさすった。
華奢な肩、浮き出た肩甲骨、まっすぐに伸びた背骨、全てを愛おしいと思った。
「俺たちは、普通の人間だ。」
ティナの金髪に顔をうずめて、クラウドは呟く。

ティナの泣き声は、ますます激しくなった。




2008.12.25




このふたりの恋愛は、パターンを変えて色々書いていきたいです。
Inverno