冴えわたる月華
男の左手が、使いものにならなくなって久しい。
大切な何かを抱えるように、その手はそっと懐に収められていた。
それは、クラウドには、美しいものを抱いているように見えた。
狂おしく甘美な匂いを放つ百合の束、或いは大粒のダイヤモンドやサファイア、ルビーを頂いた宝冠が、左手に
隠されているのではないかと夢想した。
同時に彼は、それが虚しい幻想だということもよく知っていた。
男の左手は、以前のように機能しない。
闘いのときの、オートマタのような無駄のない動きはもう見られない。
男は、ジッポを使うときにちょっとした手業を披露したが、それもまた今となっては、クラウドの思い出でしかない。
しかし、男が時々愛おしそうに左手を撫でるのが、クラウドの癇に触った。
まばゆい宝物を抱いている左手には、常に銀髪をもつ男の影がちらつく。
「月だ」
スコールはゆったりとした仕草でドアを開け、外に出た。
右手でポケットを探ったのを見て、クラウドはライターを差し出した。
ジッポを扱う左手の残影がちらちらと遮った。
「すまない」
煙草を挟む仕草は変わらず優雅だ。
黒いグローブで包まれたままの左手は白く朽ち果てていくのだろうか。
木々の遙か高く輝く満月を、スコールは穏やかな瞳で見つめた。
左手の自由を奪われてから、彼の神経過敏さや、激昂しやすい性質は失われていた。
傷つくことを怖れなくなったのだろうか、とクラウドは考える。
俺はまだ、傷つくまいと必死なのに。
ほんの些細な心の亀裂でさえも許せないのに。
クラウドは、スコールをじっと見つめた。
満ちた月のたっぷりとした光に照らされて、ふだん灰色がかって見える瞳ははっきりとした青色だ。
クラウドが想う強さと自信の色を、スコールは生まれながらに持っているのだ、とクラウドは反射的に思った。
15の頃の鏡像を思い出した。
目立つ金髪は良いにしても、明るい茶色の眼をクラウドは嫌悪していた。
何故あんなに自分自身を憎んでいたのか、今となっては分からない。
只、魔晄を浴びれば山積する問題は全て解決すると強く信じていた。
「お前は、生まれたときから俺を超えてるんだな」
「何のことだ」
スコールが振り向く。
高貴なる青い瞳は、冴えわたっていた。
月光と呼応し、強靭さをもってクラウドを呑みこもうとしているようだった。
「俺は、もうだめだ」
そのスコールの笑顔がちっとも自虐的でないことがクラウドの感情のひだをそっと撫でた。
スコールは自分を肯定し、不自由な左手を愛していた。
小さかったひび割れに、大きな亀裂が走る音を、クラウドは聞いた。
クラウドは叫びながらスコールの首に手をかけ、そのまま倒した。
スコールはむせ、涎を垂らしながらもそっと左手でクラウドの背を撫でた。
やっぱり、スコールの左手にはまばゆくて美しいものがあったんだ、とクラウドは思った。
ダイヤモンドが濡れた土の上で輝く図さえ見た。
「スコール」
クラウドはスコールにそっと呼びかけた。
彼は静かに仰臥していた。
土の上には、ダイヤモンドの代わりにガンブレードの獅子の飾りが鋭く光っていた。
091116