サタデーナイトフィーバー




かまびすしい飲み屋である。
繁華街ならば10軒はすぐに見つけられるであろうチェーン居酒屋の酒は味わって飲むものではないことくらい分かっている。

クラウドはピッチャーを軽く上げてみせた。
一気コールはどよめきと拍手に変わる。
そしてその喝采はすぐに煽りに変わることもよく知っていた。
とろとろとビールの泡がピッチャーの底にたまっていく。

またビールの水面がたぷたぷ揺れるピッチャーが別の学生の前に置かれ、彼が手にしたのを潮にクラウドは席を立った。
トイレに行ったと知られないためだ。

23時を回っている。

揺れる頭を個室の壁に押し付けて、そのまましゃがみこんだ。
自らの咽喉に指を突っ込むと、すぐに吐気の波がやってきた。
嘔吐する。
逆流してきたものが鼻と口を濡らし、目には自然と涙がたまる。
それでもクラウドは吐く。
嘔吐のピークが過ぎても、力を込めて舌を出し咽喉を絞り更に奥まで指を突っ込む。
ここで妥協しても、後々苦しむのは自分なのだ。
忌々しい乗り物酔いにも似ためまいと頭痛が明朝襲来することは分かりきっている。

トイレットペーパーで鼻をかみ、口をぬぐうとだいぶ気分が収まった。
【大】ボタンを押すと、吐瀉物はトイレットペーパーもろともクラウドの目の前から消えた。

「あいつらマジで死ね」

吐くものを吐くと気持ち悪さは理不尽な怒りに変わり、クラウドは思わずトイレの壁を蹴った。
壁からの仕返しのように足がじんじんと痛んだだけだった。

情けなさと苛立ちを胸に個室のドアを開けると、茶髪の男がうずくまっていた。
その伊達な姿は、一気コールにも加わらずに端で日本酒を舐めていた男に違いなかった。
とりあえずクラウドは手を洗うと、男の肩を揺さぶった。

「スコール!スコール!!」

元来内気で引っ込み思案なクラウドが驚くほど無口で無愛想なこの男は、コールを振られても只黙っているだけだった。
こいつはひとり酒を楽しんだ挙句、アルコールに苦しめられているのだろうか。

「気持ち、悪い」

クラウドはスコールを個室に引っ張り込んだ。
面倒くさいことになったと思う。
しかもこいつは自業自得だ。
一応みんなのために酒を飲んだ俺とは違って。

「大丈夫か」

心にも無いことを囁いて、眠り込みそうになるスコールの上体を持ち上げた。
便座を上げ、背中をさすり続ける。
汚物がほとばしる。
あらかた吐いたところで口元をふいてやり、押すのは【大】ボタンだ。

スコールの腕を自分の肩に回し彼の腰を抱き席に戻ろうとして、やめた。
店先の自動販売機で水を買うと、油と埃で汚れた―恐らく、一度も掃除などされたことのない―非常階段を下る。

外に出ると、階段の影にスコールを座らせた。
大人しく膝を抱え、背中を丸めて顔を伏せた。
時々スコールが倒れそうになるので、横にそっと座り支えになった。

繁華街の雑音が聞こえてくる。
楽しげな往来の会話、似つかわしくないサイレンの音、そしてスコールの呼吸。

夜の街のなかで、ここだけが静かだった。




100410