真 実 と 幻 想 と
息苦しく、重い。
スコールが任務から帰還したときのこの空気が、リノアは苦手だった。
苦手というより、ほとんど嫌悪だ。
ただ、嫌悪とはっきり認めてしまうのはスコールに悪い気がした。
シャワーも浴びずソファに腰を下ろしたスコールの横顔は憔悴している。
充足感もなく、ただ疲れきっている。
汚れたブーツを脱ごうともせず、スコールは背を丸めて顔を覆っている。
手の隙間からちらりと見える額の傷痕は、何度見ても見慣れるものではない。
「ね、スコール。シャワーくらい浴びてきたら?」
背後からスコールを抱きしめて、リノアは囁いた。
外の世界の、埃っぽいにおいが鼻を掠める。
日々萎えていく彼の精神とは逆行するように、その肉体は任務の数と比例して筋肉を増し逞しくなっていく。
その厚みに、近いうちにまた必ず消えない傷を負うとリノアは確信していた。
「ご飯、用意しておくから」
「・・・ああ・・・リノア」
「なぁに?」
「人殺しって、きりがないな。」
「え?」
「人を殺して怨みを買ってどこかの英雄になってまた自分の命を短くするような真似をして、」
そこでスコールは口をつぐんだ。
彼の表情に諦めと怯えがよぎったが、リノアは見て見ぬふりをした。
スコールはなんでもない、と呟くとリビングのドアを閉めた。
やっと立ちあがった彼の背中に感じるのは安堵だ。
少なくとも、シャワーの音が聞こえている間は息がつまりそうな沈黙もスコールの顔も遠ざけることが
出来る。
スコールに、言葉を要求しなくなったのはいつからだったか。
◆
そこからは、葬列の黒い波がよく見えることを、キスティスは知りたくもないのに知っていた。
優秀な傭兵の墓場を見守りながら、ひとりで悲しみに浸るのにはぴったりな場所だということに気付いたのは、
誰が死んだときだったか。
キスティスは愛車でその高台に乗りつける。
エンジンを止め、ふぅ、と息をつくと思いの外車内に響いた。
眼鏡を外してドアを開けると、バラムの空と海に視界が眩んだ。
手で日光を遮りながら、喪服の長い裾をさばいて生い茂る雑草を踏みしめる。
煙草を吸いながら墓場を見下ろすと、ぞろぞろと蟻のように、英雄の死を悼む黒い群れがあった。
愛、友情、嫌悪、尊敬、崇拝、劣等感、好奇心、生前の彼は様々な感情に取り囲まれて疲弊していたが、今彼に向けられるのは
深みこそ違えど悲しみのみだ。
「よかったわね、スコール」
衆人監視の孤独に耐えるのには、あなたは繊細すぎたから。
キスティスは、黒い群れから白いかたまりが続々と放たれるのを見ながら呟いた。
黒髪が網膜によぎり、キスティスは空になった煙草のパッケージをくしゃり、と潰した。
彼を思い出せば、魔女もまた脳内に蘇る。
その事実は憎悪すべきものだ。
未だに認めたくないと思っていることを、自分は無意識下では認めてあっさりと敗北しているのだ。
百合の芳香が漂ったような気がして振り向くと、魔女がそこにいた。
着馴れない喪服に戸惑い、息を切らせて、黒髪を乱して。
髪を耳にかけて整えると、リノアはキスティスを見上げた。
「キスティスがこんな特等席を知ってるなんて知らなかった。あ、でも知ってて当然か」
リノアは構わず地面に座って膝を抱えた。
悲しみに沈んでいるのか、狂気に捉われているのか、それともすでに感情の波は収まったのか、
冴えた瞳で、じっと葬列を見つめている。
「スコールって何で死んじゃったんだろう」
自殺なのか他殺なのかよく分かってないみたいね、と返そうとしてキスティスは口をつぐんだ。
「でもひとつだけ言えるのは」
リノアは一瞬口ごもる。
しかし目を細めてキスティスを見つめると、言った。
「私もたぶん、スコールを殺したひとりなんだと思う」
ふーっと煙を吐いて、キスティスは魔女を見下ろした。
「そうね、そうかも知れないわね」
黒い葬列はまだ長く連なっていた。
100221