僥倖


「……それで、スコールたちと合流したってわけ。」
時と空間を遥かにこえて、出会ったこのスコールという人は、どんな人間なんだ
ろう、とティーダは心ひそかに思った。

落ち着いた物腰や表情の乏しさは、自分と年齢の隔たりを感じるが、時々見せる
繊細な仕草が、あまり年齢は変わらないのだろう、と予測させる。

額の傷は、その若々しさとは裏腹に、歴戦の兵士を思わせた。

潤いがあり、白くきめの細かい肌やファーがついた革のブルゾンが自分とは正反
対だ。
褐色の肌にパサついた自分の金髪を見ると、寒冷の地から来たのかも知れない。

じゃらじゃら腰に無駄についているベルトや、プラチナのピアスをティーダは好
きと思えないが、スコールには似合っている、ような気がする。

「あ」
ティーダは気付いた。
軽装の自分も、冬ものを着ているスコールも、全くもって快適な環境にいること
を。
スコールは汗ひとつかいていないし、ティーダも肉体的な不愉快さは全く感じて
いなかった。
ただ、秋の夕暮れのような、手先が冷える、何となく心細い、胸に不安をかかえ
ているような、悪い予感が漂っている。

この世界の季節は、ぴたりと止まっていた。
風の流れ、雲のうつろい、太陽、月、星、海、全てが存在しない静かで、不安に
なる空間。
果たして、自分達が立っている地面すら、地面と言えるのか。
ガラスで出来た立方体に閉じ込められているような錯覚を覚える。
水族館の魚のような、あるいは華麗な細工が施されたオブジェのように。

「どうした」
スコールは、黒いレザーの手袋を外しながら、ズボンやブルゾンのポケットのあ
たりを手で確認し、煙草を取り出した。

シュボッ

上等そうな銀色のジッポで火をつけ、深々と有害な煙を喫んだ。
口が少しすぼまり、のどぼとけがこくりと動く。
煙草をはさむ長い指や、手持ち無沙汰な左手。
今まで煙草をすう人間は何人も見て来たけれど、こんなに美しく煙草を嗜むひと
を初めて見た、とティーダは思った。
そして、煙草という当たり前でありふれているものが、スコールの世界にもある
のだと、少し嬉しくなった。

「いや……俺もスコールも全然違うカッコしてるのに、スコールも快適そうだか
ら、ずいぶん都合のいいところだな、って思ってさ。」

「確かにな」
スコールは灰を落とし、また煙を吸う。
灰ははらはらとスコールの足元に落ちた。

スコールが住む世界には、こんな風に雪がふるのだろうか。
ティーダが知識の上でしか知らず、映像や本でしか見たことがない雪。

「スコールがいた世界はどんなところだった?」

「………」

自分がいた世界。
スコールは眉間にしわを寄せ、天を仰いで少し考え込む。
魔女がいて、ガーデンがあり、自分はSeeDである世界。
自分が完成させた秩序で成り立っていた世界だったのに、それは自分がここに召
喚されたことで無残にも破壊された。

情熱と不安でもって愛していた女の顔は、瞼の裏でぼんやりとしている。
黒い髪や瞳は思い出せるのに、顔だけくり抜かれて、頭の中にその像がある。
そもそも、本当にその女を愛していたのだろうか?
分からない。
この世界に来て、今までの自分がどんどん遠くなっている。

黙り込んだスコールを見て、ティーダは自分の心が泡立つのを感じる。
マズいことを聞いたのか、そんなに悪い世界だったのか、不安がもくもくと発生
した。
その不安を打ち消すために、
「雪は降るの?」
と、再び話しかけた。
「雪…そうだな、俺がいたところには降らなかった。」
「ふるさとには?」
「覚えていない」

また会話が途切れる。
スコールに悪気はないようで、静かに、優雅に、そして傍若無人に煙草をすって
いる。
煙はまっすぐに上空にのび、漂うこともなく、他の異世界との繋がりのようにも
思えるガラスの天に消えていく。

しかし、ティーダにとってはあとに残った沈黙が耐え難いもので、二本目の煙草
に火をつけようとするスコールに、
「ヘビースモーカーだね」
と、言った。


シュボッ


スコールは、ティーダを見た。
スコールの瞳に捕らえられたティーダは小さく俯く。
輝く太陽の光の中、幾層もの青を織り成す海の色をした瞳で、ティーダはふいに
その色が懐かしくなった。
だが、その本質は、大胆不敵で、自分の力だけを信じ、孤独を愛し、流血を好ん
でいた。
ティーダは怯む。
今までに出会ったことがない瞳、触れ合ったことがない人種、近づこうとしても
すりぬけられ、人の心を拒む男。


「行くぞ」

スコールは顎をしゃくり、ティーダを促すと何の迷いもなく前へと進んで行った


拒まれてもいい。
ただ、あの男について、骨の髄までしゃぶるように、知り尽くしたい、と強く思
った。

ティーダはスコールの黒い後ろ姿を追った。