優雅なる殺戮



技術では決して負けていなかった。
何が相手より劣っているかと言えば、自由なのだ。
それに気付いた途端、スコールは、久しぶりに、刀を扱うことに夢中になっていた。

しなる刀、ステップを踏んでいるような足元、微笑みさえ浮かんでいる美しき顔。

男は、踊るように戦っていた。

細い刀を確実に操り、息ひとつ乱れず、踊っていた。
その気品溢れる姿は、古えより続く、貴い血が流れる一族を思わせる。

普通の人間とは違い、その完璧な肉体には青い血が流れているのだ。
透けるような肌の下に、高貴なる青を宿している、男。

銀髪をなびかせ、どんな鉱物よりも鋭利に輝くエメラルドグリーンの瞳は、スコールをからめとって離さない。
セフィロスは自由だった。
スコールが、かつて自分に感じることを禁じた快楽を、思う存分に貪っていた。

銀色の髪を愚民の赤い血で染め、その命を弄ぶことを最上の喜びとしている。
命を弄ぶ権利を有するほどの高貴、それを存分に享受し、楽しみ、貴さからくる孤独を何よりも愛している。

スコールは、セフィロスの自由さに嫉妬した。
何故、そんなにも自由なのか。
なにものにも縛られず、自分の貴族性のみを頼り、愛し、ただ単純に殺戮を楽しんでいる。

自分がSeeDを目指し始めた頃に、戦いの楽しさに目覚めている自分に気付いた。
正義のためではなく、単純に肉を切り裂くことが楽しいのだと。
その感情は衝撃であり、甘美であり、恐ろしかった。
それは、自分は常に正しく、常に清いと思っていた幼い自分を穢した。
だからこそ、その自由を自分の中に認め、野放図にしてしまえば自分は自分でなくなってしまうと悟り、遥か心の奥底に沈めたのに。

セフィロスは、ずっとその自由を享受してきたのだ。

自分が望んだものを全てもっている相手と戦うことが馬鹿らしくなってきた。
そんな男に、自分は勝てるとでも思っているのだろうか。
スコールは、息が切れ、足がもつれ始めている自分を、一瞬でもセフィロスに勝利するつもりでこの戦いに臨んでいた自分を、醜いと思った。

けれども、戦いに敗北するのには理由が必要だった。
また、そんな理由を必要とする自分は汚かった。

ガンブレードを握る力を少しだけ弱めると、すぐさまそれは跳ばされていった。
セフィロスが誇らしげに笑った。

セフィロスを殴ろうと伸ばした腕は容易く掴み取られ、その力の強さに身体がよろめいた。
その隙をついてセフィロスはスコールを押し倒す。
スコールの身体に、銀髪がさらりと降りかかった。
月の光のような色合い、繊細な感触、そして身体をくすぐる快楽。
間近で見るセフィロスの銀髪、碧い瞳、通った鼻梁、全ては計算され尽したバランスの元に成り立っていた。
そこには人間性を遙かに超えて、神が宿っていた。
禍々しいまでの冷たい美貌。
彼が、神の最高傑作だと主張する権利は十分にあった。
その肌に、温かみはない。

「お前に屈する気はない」
それは嘘だと、即座に自分の言葉を否定した。
この悪魔的な魅力を目の当たりにして、誰が彼に抵抗することが出来るのだろう。
人工美の到達点、完璧なる存在、神をも凌駕する男に殺されることは人類の願いだろう、とスコールは思った。
スコールはセフィロスを正面から見据えると、唾棄した。
そんな行為でセフィロスの神聖性は冒される訳はないのに、スコールはそれを穢したかった。
神になれなかった人間の嫉妬ゆえの行為だということは、分かりきっていた。
セフィロスの頬を血液まじりの唾液が伝い、穢している。

「ふん」

セフィロスは唾液を舐めとると、不遜に笑った。
自分以外の王者を許さず、この世界の創造者にして破壊者は唯一自分だけであると主張している瞳。
セフィロスがスコールの両手首を片手で捻じりあげると、まるでそれは儚い糸の縒り合わせのようだった。
スコールは、ただいつものように眉をひそめ、くちびるを噛んでいた。
けれどもそこからは、血の玉がぽたぽたと零れ出て、スコールの顎を濡らしていた。
「お前も夢だとか、希望だとかを信じて戦っているのか?」
セフィロスは、正宗の切っ先をスコールの首筋に押し当てる。
スコールは顔を背ける。
うなじにひとすじ赤い線が出来て、じんわりと血がにじみ出た。
痛くはなかった。

「下らない、実に下らない。そんなものは、私が否定してやる。」

指先は冷たくなり、常に鋭敏だった感覚はぼんやりとして、膜に包まれているようだった。
目を閉じる。

神に殺される瞬間を、薄れゆく意識のなかで堪能しようとしていた。


update:2008.12.19
renewal:2009.01.01


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