魔女の条件




バラムなのに、夏なのに、風は爽やかだった。
頬にあたると気持ちがいいが、しばらくすると身体の内から冷えていくような冷たい風だ。


家につくと、私はまず喪服を脱いだ。
太陽の光を集める黒は身にまとっているだけで暑い。
ファスナーがなかなか下がらないことにいらいらして、鏡をのぞくと歯が布を巻き込んでいた。
厄介なことになった。
こんなとき、私はいつもスコールを呼んだ。
スコールは面倒くさいことも些細なことも全部解決してくれるからだ。
けれども、スコールはこの家にはもういない。
血まみれのまま、バラムの海を一望できる墓場に放り込まれてしまった。
もっとも私はスコールの遺体を直接確認したわけではない。
リノアにはショックが大きすぎるとか何とか言われて、キスティスに阻止されてしまったのだ。
私はすべてを受け入れるつもりだったのに。
想像もできないほどグロテスクな物体に成り下がったスコールを見て、私は何を思うのか。
それだけが知りたかった。
彼のことはとても好きだったけれど、私も彼を殺したひとりであるからだ。


ファスナーが一向に下がらないので、私は無理やり喪服を脱いだ。
ビリッと乱暴な音がした。
喪服を脱ぎ捨てると、さっぱりとした気分になった。
全然暑くない。


下着姿のままスコールの部屋に入ると、机の上にたばこが置いてあるのが目に入った。
遺品はあらかた捨てたつもりだったけど、こんな見落としがあるとは。
私は一本抜き取り、ファイアと唱えてたばこに火をつけた。
口に充満する苦味と肺にくる異物感に耐えられず、私は思わずたばこを投げ捨てた。
すかさずウォータで確実に消火する。
水が足許を濡らすのが不快で、外に出た。
バラムに似つかわしくない少し冷たい風。
眼下には海が広がって、潮風が鼻をくすぐる。


こんなに魔法の無駄遣いが出来るのは、魔女の特権といっていい。
魔法を使うのには、身体中を縦横無尽にかけ巡る得体の知れない、どこからかむくむくとわいてくるパワーをほんの少し、
具現化すればいいだけなのだ。
そのパワーの在り処を身体に宿していることこそが魔女が魔女たる所以なのだろう。
私は何となく、左手に揺れるオダインバングルを見つめた。
手錠のように魔女を戒めるアクセサリーは、しかしきれいな色合いだ。
珊瑚のような赤、象牙のような白、トルコ石のような青が並び、地の色はゴールドだ。
これを捨てたら、私は完全なる魔女になれるのだろうか。
アルティミシアのような悪しき魔女に。
自分の欲望のままに魔法を唱え、忠実な部下を従え、人々を残酷にいたぶり軍を殲滅させ街を焼き払う魔女に。
魔女の騎士亡き後、私は善き魔女にはなれないだろうと確信していた。
力の在り処の暴走をとめられるのは騎士だけなのだから。
騎士は魔女を守るため、魔女が人々を傷つけないために誰かを傷つける。
魔女に向けられる蔑みや恐れをなくすために、騎士は人を殺すのだ。
その矛盾にスコールはきっと耐えられなかった。
だから彼は死んで良かった。
私と痛みを分かち合い続けることを選ばなくて良かった。
人は魔女を憎みながらも反逆する意志を失い、その魔力の元に屈服するのだ。
子々孫々まで憎悪の炎を受け継ぐことは忘れずに。


私は、オダインバングルにそっと力を込めた。
魔力を抑制するためのそれは、呆気なく壊れた。
いとも簡単に、私の暴力を許した。


バングルを放ると、私は空を切った。
コンクリートから足が離れる感触は、私を安心させた。
それは人間である私との永遠の決別だった。
私の身体は空気に切られるようにして急降下を続ける。
そこにあるのは海だ。
けれども私は、絶対に死なない。
この身に力の在り処がある限り。




私は魔女なのだ






100516






***連作になっております***
『死の舞踏』セフィロス×スコール
『真実と幻想と』キスティス+リノア